ボブ・バックランド

今回は、ボブ・バックランドです。









まず、最初にお断りしておきたいのが
僕のボブ・バックランドに対する評価
というか、感想には、1988年以降
UWFインターナショナルに上がり始
めた活動などは、評価の対象に入って
いません。

UWFインターナショナルでのボブ・
バックランドのあの扱いは、無いでし
ょ、、、と思うのです。

よって、WWFチャンピオンとしての
マジソンスクェアガーデンの帝王とし
てのイメージで止まっています。

まず、レスラーとしてのキャリアスタ
ート時の話。

アマリロ・サーキット(ザ・ファンク
スのレスリングスクールテリトリー)
での、ジャンボ・鶴田、スタン・ハン
センと、一緒にプロレスリングを学び
移動を共にしていた、エピソードなん
て、最高でしょ!

そこには、ディツク・スレーターや、
テッド・デビアスも当然いただろうし

そして、なんだかんだ、ありーので、
ニューヨークのマジソンスクェアガー
デンで頂点を極めるわけですよ。

ただ自分は、ブルーノ・サンマルチノ
からビリー・グラハムまでは、よしと
しましょう。このWWWF王座交代劇

このビリー・グラハムは、当時ガキだ
ったなりに、絞り染めタイダイのロン
グタイツを身につけた、このマッチョ
スタイルが本当に、渋いと思っていて
大好きだった為、この王座交代劇には
少々唖然というか、面食らったもんで
した。

だって、典型的な

「アメリカンとっちゃんボーヤ」

フェイス&なりふり・佇まいな、この
選手には、感情投入しずらかったのも
事実。

しかし、そこは、仮にもマジソンスク
ェアガーデンの王者です。こっちは、
プロレス月刊誌での写真でしか判断材
料が無いのですが、やはりMSGの大
観衆をバックに戦う姿は、かっこよく
写ります。

中でも思い出は、ハーリーレイスとの
ダブルタイトル戦です。

NWAとWWFのヘビー級ダブルタイ
トルマッチが、ニューヨークのマンハ
ッタン、マジソンスクェアガーデンで
行われたわけですから!!

でね!
感動するというか、さすが現代だよな
ぁと、パソコンの中の進歩に驚くこと
がありました。

最初のレイス・バックランド戦の行わ
れた

「1980年9月22日 MSG」

って、検索かけるだけで、もう最初の
レイス・バックランド戦の映像が出て
きてしまうんですよ!!(北米の王手
動画サイトでは無く、欧州の動画サイ
トなのですがね、実際には、1980
sep22MSGと打ったのですけど
ね、、、、)

すごくないですか!?だって選手の名
前、キーボードに打っていないんです
よ!

しかも鮮明なカラーの動画で、8ミリ
映像だったのですが、ちゃんと疑惑の
フィニッシュというか、結末まで、し
っかりと観れるのです。

いやぁ、長生きするものですよ。雑誌
の写真見て興奮していた、中学生の自
分に教えてあげたいです。大きくなれ
ば、この動画、普通に検索して観れる
ようにからさぁ!って。

この試合時実際のハーリー・レイスのお腹は、もっとビヤダル状態でしたが、、、





写真 補足

ボブ・バックランド 「超新星」 ポピー製