今回は、月光仮面・1981年映画版
です。THE MOON MASK
RIDER タイトルに痺れます。
前回の、レインボーマンの、川内康範
原作繋がりで月光仮面映画版を取り上
げます。
1981年3月公開という事で、世の
中的には、一度、ウルトラについては
二度、終止符を打ったはずの特撮ヒー
ローシリーズである、ウルトラマン、
仮面ライダーの再評価からの新作が、
発表されて行っている頃だと。
当然、日本の等身大オリジナル特撮テ
レビヒーローの第一号である、月光仮
面も、この再評価の波に乗って行こう
ではないか、という企業の戦略で、前
回はアニメという形でしたが、今回は
映画という形で、再々登場という事に
なったのでしょう。月光仮面は特撮と
言える程画面の人口的処理は無いよう
に思えるのですがね、、、。
僕はアニメ作品は気に入っているので
す。リアルタイムで見ていたのが幼児
期からガキになる移行期であった為、
作品として、非常に頭に刷り込みが、
しっかりと刻まれている方だと思いま
す。
とにかく主題歌のアレンジが最高でし
た。そして大人になり一連のナック作
品として、見返すと斬新な、というか
サイケデリック?!ダイナミック?!
とでも言えば良いのなぁ、映像処理が
ほんとに目眩がするレベルで素晴らし
く、これはチャー研、と肩を並べて語
っていかないと駄目でしょ!クラスの
作品ですよ。
んで映画ですよ。
正義の味方
というのが、今までの月光仮面のキャ
ッチフレーズです。しかし、この映画
では、
愛の助っ人
というのが、この月光仮面のキャッチ
フレーズです。
愛の助っ人
ってシャ乱Qつんくの書くハロプロの
曲のタイトルみたいでかっこいいです
ね。
で、主題歌が、レイドバックしちゃっ
ているんです。んーん。もったいない
です。まんま昭和三十年代です、、。
折角、アニメ版であの歌詞が素晴らし
いアレンジメントで蘇ったにも関わら
ずですよ!なんで、また昭和三十年代
風のアレンジに戻してしまうかなぁ?
まぁ、もしそれが、川内康範の指示だ
としたら、僕は何も言えませんがね。
そして月光仮面自身のデザインですが
ターバン風のヘルメットになっていま
す。申し訳程度にターバンの名残りが
あります。ゴーグルです。うーん。も
ったいないですね。ただ、角度によっ
ては良いとも思えたし、暗闇での写真
でもかっこいい角度がありました。こ
れはこれでアリでしょう。乗り物のム
ーンライト号に関しては、かっこいい
の一言!
内容ですが、非合法・現金強奪集団・
レッドマスク団のカルト宗教団体チッ
クな設定が、川内康範先生原作臭がぷ
んぷんしていて、大好物です。基本的
に志穂美悦子が全面に出てきていて、
実質主演の様なものですね。ガッツ石
松、ジョニー大倉、地井武男、藤岡琢
也、という有名どころも出てきていま
すし、B級感というものは僕には感じ
れないです。
アクションシーンも生身にこだわり、
バイクのアクションシーンも拘り抜い
ていて、好感度は、よりアップです。
そして、このソフビ人形ですが、二種
類程出ていますかね。今回の物より、
小さいものが袋入りであります。この
人形は、本来ならば、ブリスターに入
っていて裏表が紅白のマントが付属で
尚且つ、消しゴム人形も同封されてい
ます。
この後、大量生産されていく事になる
日本のオリジナル戦隊ヒーローデザイ
ンの先駆けにでもなるような、シンプ
ルイズベスト、のお手本のような見栄
えのお人形となっています。
もうね、この人形の、出来不出来は、
はっきり言って、どうでも良いです。
このソフビ人形が、出ていた、という
事実のみを、噛み締めて無料動画サイ
トの検索ワードに
THE MOON MASK RIDER
と打ち込んで、暇な時に鑑賞してくれ
れば、渋み満載の映像の世界に浸れま
す。アーリーエイティーズの、街並は
まだまだ、セブンティーズの名残を感
じさせていて、渋みのある景色を堪能
できますよ。
写真 補足
月光仮面 THE MOON MASK RIDER 映画版 ミドルサイズ マント欠品 ファミリア製
「月光仮面 THE MOON MASK RIDER」1981年3月14日 日本ヘラルド系で公開
追記
本当は、まだまだ1970年代特撮実
写版の作品でウロウロしていたいので
すが、自分的には、川内康範の手がけ
る作品を、下調べしたり探ったりする
作業が楽しくて、どうしても何かと、
難癖こじ付けて、取り上げたいのです
結構自分の中では、いい感じの、時代
軸に乗っ取って、この研究ブログは、
進んで行っていると思っていたのです
が、よりによってアニメ作品に縒れた
のも、1980年代に、縒れたのも、
川内康範原作繋がりの、月光仮面だか
ら、ということになります。アニメに
シフトしていくのも、永井豪のマジン
ガーZか、ナック制作のアストロガン
ガーくらいから、すぅーっと移ろうか
なぁと思っていたのですがね。
自分は、月光仮面の映画が公開された
1981年3月といえば、中学1年生
で、すっかり綺麗さっぱりと、漫画、
アニメ、特撮などという物から、足を
洗っていた時代なのです。
1967年生まれのガキが1981年
3月だと、中学1年生にあたるなんて
時間軸表を眺めていたら、ちょいと、
後楽園なんていうキーワードで、自分
の時間軸書いてみたくなりました。
近所の後楽園遊園地へ、幼稚園からは
ヒーローショー目当てに通って、ちな
みに、僕の初後楽園遊園地のヒーロー
ショーは、アニメ版の月光仮面ショー
ですが、もう仮面ライダー一筋で、追
っていましたよ。
小学校に上がると、阪神タイガースの
熱狂的なファンであったにも関わらず
読売ジャイアンツと共に、ホームグラ
ウンドとして使用していた、後楽園球
場での試合が、小学生は、シーズン通
して見放題という、会員特典に釣られ
て、日本ハムファイターズのファンク
ラブに加入し、プロ野球観戦に、のめ
り込みました。木の下大サーカスも見
れましたね。
んで、スーパーカーブームになれば、
ランボルギーニ・カウンタックやイオ
タ、ミウラ、フェラーリ・512BB
ロータス・ヨーロッパ、トヨタ200
0GTの実物を拝めたのも、ここ後楽
園球場でした。
そして小学生の後半からは、同じ後楽
園でもホールの方で行われていたプロ
レスにどっぷり一直線でした。中学時
代もプロレスとロック音楽にハマり、
高校生になると、今度は仕事場として
後楽園球場に通う事になります。学校
が終われば、プロ野球シーズン中だと
コーラで全身ベトベトになりながら、
コーラ売り子のバイトをやっていまし
たね。
後楽園球場はコンサートでもよく使用
されていて、自分の記憶に、あるもの
だと、西城秀樹、キャンディーズ、ピ
ンクレディー、たのきん、スティービ
ー・ワンダー、マドンナ、デュラン・
デュラン、ライオネル・リッチー、マ
イケル・ジャクソン、などなど、ビル
から覗き見、音漏れ、を楽しんでいま
した。覗き、音漏れを、正式なコンサ
ート観戦とカウントして良いものか?
という、うやむや感はありますが、、
この近辺のガキ達にはデフォルトの行
為でしたよ。
追記とはいえ、少し脱線してしまいま
したが、後楽園は自分の幼少期から、
ティーン時代に多大なる、影響と遊び
場を与えてくれた、施設であり、そし
て、後楽園と言えば、未だに、オリジ
ナルキャラクターである、ドンチャッ
ク、レッドタイガーというワードが、
ふっと頭に横切る、ただの初老だと言
いたいのでした。あッ大好きだった、
ドリフの「八時だよ全員集合!」も、
文京公会堂で、公開放送やっていたな
ぁ。